2016年7月18日(月・祝)
東京武道館・第一武道場
ついにこの日がやってきた。
我が「昇龍塾」が新空手の大会に初参戦する日だ。当初の予定では、緑帯で経験もある優生、そしてまだ経験は浅いが勢いのある白帯の翔斗の2人をこの新空手大会に出場させる予定だった。
しかし、試合前日になって緑帯の優生が高熱によるドクターストップというハプニングに見舞われ、なんと当日は道場でもまだ一番経験の浅い白帯無級の翔斗ひとりの出場となってしまった。
会場に行けば各道場の猛者たちが揃っている。そこに白帯の小学生が一人で乗り込むのだ。普通なら緊張と恐怖で萎縮してしまうだろう。翔斗は大丈夫だろうか?
会場では選手たちが試合前のウォーミングアップでミットをバシバシ蹴っていた。その雰囲気に翔斗のお母さんもヒヤヒヤしていた。
心細いだろうと思い、翔斗に「大丈夫か? 緊張するか?」と声をかけると、「うんうん、緊張してない」と大人たちの不安をよそに、いつもと変わらぬポーカーフェイスだった。
だだの強がりなのか、本当に緊張していないのか、真意は定かではない。
試合の相手は女子だった。
K-4ワンマッチ小学生の部は男女混合なので男子と女子が対戦することもあるのだ。だが、女子が相手でラッキーだったと思うのは甘い考えだ。最初から男女混合とわかっていて出場してくる女子は各道場で男子と互角に渡り合える実力があるからこそ出てくるわけだし、女子がトーナメントで男子をバタバタなぎ倒し優勝することもある。
しかも、その女の子は翔斗よりも頭半分ほど背が高く、手足も長い。
「翔斗より大きいなあ・・・」と翔斗のお父さんも不安そうだった。実際、相手の女の子がその長い足で前蹴りやハイキックを巧みに使いながらシャドーを行っている姿を見て、「これはヤバいなあ・・・」と思った。
新空手のルールでは顔面にハイキックが入れば、「技あり」を取られる。しかも「技あり」二つで「併せ一本」となり、そこで試合終了だ。新空手での身長とリーチの差は痛い。身長差から言って翔斗のハイキックは彼女には届かなそうだった。だから翔斗には相手のハイキックの間合いにならないように距離を詰めてパンチで前に出ながらミドルキックをメインに戦うように指示した。ハイキックさえくらわなければ、防具着用のK-4ではほぼ判定になる。判定ではパンチに加え、腰から上への蹴りを多くヒットさせた方が有利だからだ。
試合が近づくにつれ緊張が高まる。
もし相手がめちゃくちゃ強くて、翔斗が一瞬で負けたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。まるで自分の子供が試合に出るような感覚だった。
そしてついに翔斗の初陣の時がきた。
ヘッドギアと胴当てを装備した翔斗と相手が向き合う。翔斗は青の防具で相手は赤だ。
「押忍!!」という声が響き、試合が始まった。両者はすぐさまパンチとキックの攻防を開始する。翔斗は作戦通り接近してワンツーからのミドルキックというコンビネーションで積極的に攻めている。相手もパンチで応戦してくる。
実力はほぼ互角に見えたが、押しの強さではやや翔斗が勝っていた。
昇龍塾では組手の稽古の前に押し相撲の練習もやっている。これは相手と体がぶつかり合った際に押しの強さで負けないためだ。そして翔斗はその押し相撲の練習の時、小学五年生の中でも一番強かったのだ。
その稽古の甲斐あってか、翔斗がじりじりと前に出て、相手が後ろに下がりながらの攻防が続いた。
「いいぞ! そのまま行け!」
キックボクシングやボクシングの試合に慣れている私は1ラウンド3分が普通だった。
新空手の試合は1ラウンド1分30秒と短い。それなのに、まだ終わらない。
「翔斗、腰から上をもっと蹴れ! もう少しだ頑張れ!」もう少しだ。だが、まだ試合は終わらない。
いつもより長く感じた。翔斗が優勢であるうちに早く終わってくれ! 早く! 早く! 早く!
その時、試合終了の合図がなった。
お互い決定打は無いものの、どう見ても手数で翔斗が勝っていたはずだった。だが、審判の判定はわからない。
ジャッジが持つ赤と青の旗をじっと見つめて待つ。この数秒も長く感じた。
そしてジャッジが青の旗を揚げた。青は翔斗だ。翔斗の勝利だ。
「よし!!」思わず叫んでいた。
喜びが込み上げる。振り返ると翔斗の両親も喜んでいた。急に力が抜けホッとしたとき、相手の少女が私の所に挨拶に来た。
「押忍、ありがとうございました」
ヘッドギアの隙間から見える顔には疲労の表情が伺えたが、凛としたいい挨拶だ。負けても礼儀を忘れない、これが空手だ。
私も十字を切って「押忍」と返した。ありがとう。強かったよ。翔斗と正々堂々と戦ってくれたことに感謝した。
翔斗もきちんと相手のチームに挨拶してから帰ってきた。
「よくやった! 凄いぞ、翔斗!!」と興奮する私と両親に、翔斗は試合前と変わらぬポーカーフェイスで、「うん」と頷いた。
まるでこんなの普通だよ、といった感じである。通過点に過ぎないということだろうか。
やはりこの白帯の少年、翔斗は只者ではない(笑)。
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